自分の個性を深く認める

個性というのは

なかなか漠然としたところが

ありますよね!

 

 

 

例えば今は、

発達障害も個性だ、

氣にする必要はないともいわれます。

 

 

 

私個人的には

第三者が個性かどうかを

言うことではなく

 

 

「本人が個性と思うところまで

消化することで個性となる」

と思っております。

 

 

 

たとえ同じ

発達障害を持つ者同士でも

その性質は様々で

似ていても違っています。

 

 

 

特技だって違う。

 

 

 

人生の長い時間

ハードルに感じる人もいれば、

若いうちに個性だと結論をつけて

上手に周りの手を借りられる人もいる。

 

 

 

自分に合った道の

見つけやすさ

歩みやすさも違います。

 

 

 

だから全ての判断は

本人次第だと思う。

 

 

*私の考えが正解というわけではありません

 

 

 

HSP(Highly sensitive person)

HSS(High sensation seeking)

などに関しても、

私は同じ考えです。

 

 

 

発達障害については息子が

HSPについては

自分が該当していました。

 

 

 

昔は本当につらくて

ストレスのために

突然、人の話すことが

理解出来なくなった時期もあります。

 

 

 

言葉は聞こえているのに

何を言っているか全然分からなくて、

誤魔化し笑いをしながら

毎回冷や汗をかきました。

 

 

 

でも、ですね!

 

 

 

こういう個性がある

自分はこれに該当する

 

 

 

その個性に名が与えられて安堵し、

周りに理解を求めるだけでは足りない

と考えるに至りました。

 

 

 

 

なぜなら自分のことだから、です。

 

 

 

その個性なり

心の特徴なりを持ってきたのは

魂時代の自分の選択だからです。

 

 

 

何らかの目的をもって、

何らかの使い方を心得て

持ってきたはず。

 

 

 

このように考えるようになったのは

元はと言えば私が自分に対する

負けん氣が強く

 

 

自分が他人様に

受け入れられるのを待つのが

氣にいらなかったのと、

自分のモノにしたかっただけなのですが(笑)

 

 

魂目線として正解でした。

 

 

 

 

まず個性に名前がついて

安堵あるいは納得するのは、

自分で自分を受け入れる

スタートラインとして大切です。

 

 

これは名前のつく

個性には限らず

 

 

考える時間が長い、短い、

行動が早い、ゆっくり

几帳面、大雑把

そんなものも全てです。

 

 

 

ただ、そこで止まってしまうと

學びと成長は半分になります。

 

 

 

「私はこういうタイプだ」

それだけでは足りません。

 

 

 

 

生まれるとき

ご自分がその個性、

「肉体モードのスペック」を

もって生まれたのは何故ですか?

 

 

 

 

何を學ぶため?

 

どうしたら有効に使える?

 

自分のやりたいことのために

少し改善するには

どんな工夫が出來る?

 

 

 

漠然と

「自分はこうだから」

と認めるだけでなく

 

 

もう一歩進んで

そこまで想いを馳せてください。

 

 

魂の目的を達成するために

認めるところをクリアしたら

 

 

今度は

自分が持ってきたものとして

積極的に考えましょう。

 

 

 

 

そこまで受け入れないと、

個性を受けいれあう社会を創るという

大切な大義があるとしても

はっきり言って説得力はない。

 

 

 

自分が心の底から

自分の宝として

愛していないのだから。

 

 

 

自分がその個性を

深く受け入れ

生きる糧とするに

至っていなければ

 

 

 

「その個性をもたない人間への

 その個性を持つものの主張」

の、域を出られないのです。

 

 

 

主張だけでは

コミュニケーションは

成立しませんよね。

 

 

 

魂が持ってきた個性を

糧に出來るほど

深く向き合い受け入れていると

 

 

その個性をもたない人の

目線も想像出來ます。

 

 

自分も理解しようとする

姿勢で話すことが出來る。

 

 

 

理解は、愛です。

 

 

 

それがなければ

『分かってくれない他人様同士』

にしかなれない。

 

 

 

個性派・少数派は

存在や苦しみを

理解してくれないと思う、

 

 

多数派は

分からないことへの理解を

強く求められ、時に非難される

苦痛をわかってくれないと思う。

 

 

 

意味が、伝わりますでしょうか?

 

 

 

これは自分と似たタイプのお客様が

いらしたときの

リーディングセッションの深さにも

大きく影響します。

 

 

 

自分自身が

勇氣をもって深く自分を

掘り下げていなければ

 

 

共感してオシマイになったり

メッセージの意味を

まっすぐ翻訳出來なかったりする

可能性があります。

 

 

 

同情して

厳しいメッセージを

伝えられなかったりして

深いお話しが出來なくなってしまう。

 

 

 

思いのほか

厳しい記事になってしまいましたが(笑)

責めているのではなくて

(そもそも責める立場にないですし)

 

 

何はともあれ

まずは自分自身!

 

 

ということです✨

 

 

 

リーディングに必要なのは、深さです。

 

 

 

私自身も

まだまだ深めていかなければなりません!

 

 

 

一緒にがんばりましょうね🌈✨